不動産がらみの調停・訴訟の中では、訴訟になると裁判所が第三者鑑定で決したがる」という実態もある中で、費用対効果の観点から(我々からすると悲しいですが)「出来れば私的鑑定書の提出を避けたい」という発想もあろうかと思います。
ただ逆に、訴訟で一方当事者のみが鑑定書を提出した場合、裁判所はほぼほぼこの鑑定に則った判決を書いてしまう例も見受けられます。
このような中で、「訴訟において鑑定書を出すならばどのタイミングが良いか」を検討してみたいと思います。
大前提:後攻の方が有利
まず大前提ですが、鑑定書同士の戦いになった場合、鑑定士の立場からすると、相手方からの鑑定書が出たのちに鑑定書を作成させてもらう方が鑑定書を書きやすいです。
後出しじゃんけん的に相手方の言ってる気持ちの悪いところを責められますし、当方側の資料のみではすべてを掴みかねる「相手方の認識」が分かった後に鑑定書を書く方が、鑑定書が独りよがりになりにくいからです。
特に、立退料(追い出し側)・継続賃料の場合、初手から鑑定書(立退料の場合は、鑑定書では書けないので「フルスペックの調査報告書」になります)を出すのは、以下の理由からお勧めしません。
- 立退料(追い出し側)の場合:構造上相手方収支等もわからない状況なので、精緻な積み上げを行い難いです。
- 継続賃料:『新規賃料ー現行賃料』の間での話が、継続賃料の鑑定書を出すことで『継続賃料ー現行賃料』の話になり、駆け引きの幅を狭めてしまいます。
原則:相手方の評価書が出すと言ったら、こちらも出す
上記から、相手方が鑑定書を出すと言い出したら、こちらも出す方向で返答しておくのが良いでしょう。冒頭で述べたように、一方のみ鑑定書が出ている場合には、これに寄り添った判決が出る可能性がありますので。
ただ提出自体は、先方鑑定書が出たのちに、その結果の検証も踏まえてというのが良いでしょう。「鑑定士の作業が遅れている」ということでよろしいのではないでしょうか。
例外:先に鑑定書を出すことを検討すべき場合
次に、例外的に、当方が先になっても鑑定書を出すことを検討すべき場合について挙げておきます。
例外①:物件規模が大きく、新規賃料と現行賃料の乖離幅の大きい継続賃料
継続賃料の争いも、物件規模が大きくなると、理屈の構築も必要なので、なかなか新規の意見書等のみでは有利に戦いを進められません。
更にこれに加えて、新規賃料と現行賃料の乖離幅が大きい場合には、改定率の限界(訴訟においては、家賃で±30%・地代で±50%がマックスといえるでしょう)もあるので、ある程度交渉幅を狭めても実害は生じません。
ですので、この両者がそろっているような物件については、先に鑑定書を出す方がスムーズな訴訟進行を行いやすいですし、積極的な資料提出が裁判官の心証形成の観点からも有利に働くことが期待できます
例外②:相続関連の訴訟で、財産評価基本通達と実勢価格が大きく違うとき
過去にこのコーナーの記事(「相続財申告時の価格」と「実勢価格」はこんな理由で乖離する)でも書きましたが、相続時申告価格と実勢価格には大きな乖離が生じている場合があります。
このような場合には、鑑定評価書を提出することが、この実態を相手方・裁判所に突きつける最適な手段になります。
そんな場合は、「第三者鑑定でも適正な結果が出るはず」と思われるかもしれませんが、過去記事(第三者鑑定の実態と、第三者鑑定で有利な結果を得るためのTips)でも書きました通り、第三者鑑定を担当する鑑定士はピンキリで、税務に寄り添った評価を行う鑑定士もいます。
ですので、先にきっちりとした鑑定書を提出して訴訟上の主導権をとってしまうのが得策です。
例外③:特殊案件の場合
権利関係の複雑な物件・ホテルや病院等の事業用物件の場合は、評価ロジックの論理性が重要になりますので、不動産業者による査定書等では価格についての主張が迫力のないものになってしまいます。
このような場合には、当初より鑑定評価書を提出し、それに沿った主張をすることでしっかりとした主張をしている印象を与えることが有効です。
尚、この種の案件に関しては、鑑定士のよって得意・不得意の別れる部分で、例えば私などは正直もの凄くホテル評価が得意なわけではありません(ですので、そのような際は、ホテル評価の得意な鑑定士とコラボをします)。
依頼を行う際には、当該物件に類する不動産の評価経験が豊富か否か、確認したうえで行う方が安全かと思います。
例外④:相手方の鑑定書提出意欲が感じられない場合
相手方が鑑定書を提出しない場合、最初の方で述べたようにこちら側が鑑定書を出すと、これに寄り添った判決が得られる場合がありますし、心証形成的にも圧倒的に有利になります。
ですので、「相手方は鑑定書の提出までは考えていない」という手ごたえを感じた場合、先行して鑑定書を提出しまうのが良いでしょう。
尚、この場合、できるだけ安価な鑑定書を…というお気持ちもあろうかと思いますが、相手方に不信感を持たれるようなものでは控訴されて2審でひっくり返されたりしますので、一定のクオリティのものにしておくのが安全かと思います。
この記事のまとめ
この記事では、訴訟の中で鑑定書を出すタイミングについて、
- 原則は後出しが望ましい
- 例外として先出しが望ましい場合として、
- ①物件規模が大きく、新規賃料と現行賃料の乖離幅の大きい継続賃料
- ②相続関連の訴訟で、財産評価基本通達と実勢価格が大きく違うとき
- ③特殊案件の場合
- ④相手方の鑑定書提出意欲が感じられない場合
という形でまとめさせていただきました。
一般論としては十分通用するようにまとめましたが、究極的に一番良いのは、調停・訴訟に入る前に、信頼できる不動産鑑定士と相談しながらベストな作戦を考えていくことだと思います。
これを前提としたうえで、たたき台として本記事を参照いただければと存じます。
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