不動産に関連する事件を受任された際、まず不動産価格の基準として見られるのが、
- 税理士の先生が作成した相続税申告時の相続財産一覧表
- 固定資産税の評価額
- 相続税路線価・地価公示価格・地価調査価格
ではないでしょうか?
これらは広い意味で『公的価格』と呼ばれるもので、取引の指標とされることも多いれっきとした『不動産の価格』なのですが、後述する理由によって『実勢価格』(時価)と乖離が生じている場合が結構あります。
これらの価格が実勢価格(時価)と乖離することが有るという事実と、乖離の発生する仕組みを認識しておかなければ、例えば遺留分侵害に関する事件の際に、
- 原告側として、本来であればもっと請求できたであろう遺留分侵害について過少な請求に留めてしまったり
- 被告側として、裁判で戦う中で、予想をはるかに超える第三者鑑定(公的鑑定)が出てきて慌ててしまったり
という事態に陥りかねません。
そこでこの記事では、
- 各種公的価格の性格と実勢価格との関係性
- 公的価格と実勢価格が乖離しやすい場面
- この様な事象への対応
についてまとめてみたいと思います。
⇒ こんなに違う!実勢価格(時価)と固定資産税評価額・相続税申告時価格
1.各種公的価格の性格と実勢価格との関係性
上記で上げた順番とは異なりますが、説明の重複を避けるために、順番を変えて説明させていただきます。
(1).地価公示・地価調査価格
地価公示価格は各年3月下旬に国土交通省が発表する各年1月1日時点の土地価格(更地価格)で、地価調査価格は各年9月下旬に都道府県が発表する各年7月1日時点の土地価格(更地価格)です。
令和2年の地価公示では全国で26,000ポイント・令和2年の地価調査では全国で約21,500ポイントが設定されていて、基本的には毎年同じ場所の価格を出す『定点観測』なので、地価推移の指標としても活用されます。
共に「一般の土地の取引に対して指標を与える」ための制度であり、建付上は『実勢価格』と一致するはずなのですが、
- 評価を行うにあたって使用できるデータは、リアルタイムのデータではなく半年~3ヶ月前のものになるので、どうしても実際の市場とタイムラグが生じてしまうこと
- 定点観測であることから過去からの経緯が有り、かつ、評価を担当する不動産鑑定士(という種族)には急激な価格変動を避けたがる傾向があること
などから、実勢価格と乖離してしまうことが有ります。
(2).相続税路線価
相続税路線価は、国税庁が毎年7月初旬に発表する『その道路に面する標準的な土地の更地価格価格』(各年1月1日時点)を示すもので、都心部で有ればほとんどの道に敷設されています。
各税務署は、相続税及び贈与税のベースになる価格を、この相続税路線価を利用して把握するのですが、その計算過程はある種ざっくりした機械的なものなので、これによって過大な課税が行われることが無いように、地価公示価格(=実勢価格)の概ね8割水準として定められることになっています。
この中で、『前面路線価÷0.8=実勢価格』の概算式が出てくるわけですが、
- 決定の際には地価公示・地価調査価格が勘案されて決定されますが、前述のように、地価公示・地価調査価格自体が実勢価格と乖離している場合があること
- 地価公示・地価調査と異なる決定プロセスで決定される中、地価公示・地価調査の動きについていけない場合があること(特に地価上昇期)
等の理由によって、『前面路線価÷0.8』の計算を行っても実勢価格と乖離する可能性が出てきます。
また、前述の通り、相続税路線が表しているのは、『その道路沿いの標準的な土地』の価格ですので、土地の個性が大きい不整形地・面大地等の場合は、ここで実勢価格との乖離が生じる可能性も有ります。
(3).固定資産税評価額(土地)
固定資産税評価額(土地)は、市区町村が評価する価格ですが、(1).(2).と違って、「その土地」の価格が示されているのが特徴です。
決定に当たっては、道路に対して(相続税路線価とは異なる)固定資産税路線価をまず敷設し、これに各種補正を行って計算していくのを基本としますが、この計算も機械的なものなので、過大課税が行われないように地価公示価格(=実勢価格)の概ね7割水準として定められることになっています。
この中で、『固定資産税評価額÷0.7=実勢価格』の概算式が出てくるわけですが、前記の相続税路線価と概ね同様の理由で実勢価格と乖離する場合が出てきます。
(4).固定資産税評価額(建物)
固定資産税評価額(建物)は、市区町村が評価する価格で、ざっくりと言いますと再調達価格(新築した場合にかかる価格)から経年劣化分を控除して計算されます。
ですので、経年とともに減価していくのですが、新築時の20%になった時点でそれ以上減らなくなります(残価20%を残したままになります)。
過大課税が行われないように新築時の価格は実際建築費の50%~70%程度に抑えられるのですが、前記の残価20%があるために、我々鑑定士が見る建物価格と比較すると、新築時には安く・築古になると高く計算されている傾向が有ります。
(5).税理士が作成する相続財産一覧表上の価格
税理士の先生が、相続税申告時に作成する相続財産一覧表については、基本的には財産評価基本通達に準拠して作成されます。
- 土地価格は相続税路線価(0.8での割り戻しなし)に形状等の補正を行って計算
- 建物価格は固定資産税評価額を採用
して計算していくことになります。
また、建物が貸家である場合の土地建物価格軽減・小規模宅地である場合の土地価格軽減などの軽減措置もあります。
更に言うと、賃貸マンション・テナントビル等の収益物件で重視される『収益性』に関する検討は一切行われませんので、むしろ実勢価格と違って当然な結果となります。
2.公的価格と実勢価格が大きく乖離しやすい場面等
以上を前提に、公的価格と実勢価格が大きく乖離しやすい場面や、乖離が特に問題になる場面をいくつか挙げていきたいと思います。
(1).都心部の築浅の収益物件:実勢価格>公的価格
そもそも収益物件は、土地・建物価格の積み上げという発想(鑑定評価でいう所の積算価格的発想)ではなく、賃貸収入に対しての利回りという観点(鑑定評価で言う収益価格の発想)から価格形成されます。
そして、現下の不動産市場で鑑定評価を行うと、都心部の優良な収益物件については、収益価格>積算価格になり、鑑定評価額は収益価格で決定されるのが一般的です(そして、鑑定評価額は実勢価格と同義です)。
かつ、公的価格については新築建物は低く評価され、都心部の土地は低く評価されがちですので、実勢価格=鑑定上の収益価格>鑑定上の積算価格>公的価格となるのが一般的です。
特に貸家についての各種減額が用意されている相続財産一覧表上の価格と実勢価格では、4倍~5倍というような差が生じることも有り、この種の物件が相続財産に入っている事件の場合、誰かが実勢価格を主張することで形勢が大逆転してしまう事が有りますので要注意です。
(2).田舎の築古の収益物件:実勢価格<公的価格
同じ収益物件でも、田舎の収益性に劣る収益物件について鑑定評価を行うと、収益価格<積算価格になる場合が多く、この場合も鑑定評価額は収益価格で決定されます。
かつ、築古建物は高く評価され、田舎の公的価格の土地は高く評価されがちですので、実勢価格=鑑定上の収益価格<鑑定上の積算価格<公的価格となる場合が生じ得ます。
この現象は、(1)ほど多発するものでは無いのですが、この様な物件は相続税申告額が過大(=払う必要のない税を払っている)ですし、
- 「自分の相続した物件が言ってた価格で売れない」と後のトラブルになったり
- 金融機関に債務免除等を求めても「固定資産税評価額程度では売れるはず」と言われて交渉が難航したり
と、なかなか厄介です。
(3).商業地域内の定期借地権付き土地(底地):実勢価格>公的価格
財産評価基本通達によると底地の価格は、ざっくり言うと『自用地としての価格(更地価格)-借地権価格』で求められます。
この考え方は一般的にも普及していて、『底地価格は更地としての価格よりも安い』というのは、一般的な価値判断としても自然なものとして根付いていると思います。
確かに、「旧借地法ベースの借地権の付いた住宅の底地」などではこの考え方で問題ないのですが、商業地内の定期借地権付きの底地に関しては注意が必要です。
このような物件は、不動産市場において収益物件としてとらえられており、地代が高額なために更地価格よりも高額になる物件の方が多いのが現状です。
⇒ 世の中には2種類の『底地』がある
そのような物件に対して、上記の考え方で価格を導けば、底地実勢価格=収益価格>更地実勢価格>>>公的価格から導いた価格になってしまいます。
この種の底地が相続財産に入っている事件の場合も、誰かが実勢価格を主張することで形勢が大逆転してしまう事が有りますので要注意です。
3.このような事象への対応
究極的に言いますと、『金額の大きい不動産が絡む場合は、事前に不動産鑑定士に相談してください』という事になります。
特に、
- (大阪でしたら)大阪市内中心6区の物件
- 賃貸アパ―ト・賃貸マンション・テナントビル・店舗ビル等の収益物件
- 上記でも挙げました、一般常識と価格形成の異なる底地
が入っている場合は、要注意です。
但し、公的評価しかやっていない鑑定士・財産評価基本通達についての知識の無い鑑定士の場合、上記のような事象を認識していない方も存在するので、上記の内容を踏まえて話をしていただく中で、信頼できる鑑定士かどうかを見極めて頂くことが重要です。
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