不動産鑑定評価書の中では、いろんな方法で試算価格・試算賃料を出している訳ですが、鑑定書を読んでも何をやっているのか分からない部分も多いかと思います。
もちろん、弁護士の先生が鑑定評価手法の詳細までマスターする必要は無い訳ですが、概要を知っていれば、
- 依頼した鑑定士の鑑定評価書を読みやすくなる
- 相手方の鑑定士の鑑定評価書の突っ込みどころを見出しやすくなる
ことから、訴訟等において有利な進行が可能になる部分が出てくるかと存じます。
という訳で、今回より3回に分けて、価格評価の基本的な手法(取引事例比較法・原価法・収益還元法)の概要や特性を解説したいと思います。
大前提
上記に上げた3つの手法は、価格評価の基本的な手法ですが、どのような物件にでも適用できるものでは無く(基本的な手法であるのに適用できない場合も有ります)、また、得意・不得意が有ります。
この様な点も踏まえて『試算価格の調整』(別記事:試算価格の調整という謎の行為を解明)が行われますので、
- ○○法を適用していないからこの鑑定書はダメ
- △△方が重視されていないので、この鑑定書はダメ
等ではない点、ご注意ください。
取引事例比較法 超入門
基本的手法解説第一回目の今回は、比較的とっつきやすいと思われる取引事例比較法について解説していきたいと思います。
取引事例比較法のイメージ
取引事例比較法というのは、現実の不動産市場で成立した取引事例の価格(成約価格)から、対象不動産の試算価格(比準価格)を出そうとする手法です。
先生も家を買う時には、色んな物件を見て、立地・建物の築年などなどと『各物件の値段』を踏まえて色々検討して、最終的に「これ!」と決めるかと思うのですが、基本的な発想はこれと同じです。
ただ大きな違いは、
- 上記が売り希望価格を眺めたうえで、どの物件を買うかを決めていく行為であるのに対し、
- 取引事例比較法は、成約価格に対して各種の補修性を行って、その事例との比較から考えた対象不動産の見込み価格を出していく行為である
点にあります。
尚、個々の取引事例の成約価格は、必ずしも理論値と一致するわけではないので、複数の事例(3事例の場合が多いです)を採用したうえで、出てきた価格に対して試算価格の調整のようなことを行うことで、その辺りのバグを取っていこうとします。
取引事例比較法の得手・不得手
上記の通り、取引事例比較法は、取引事例を補正して対象不動産の価格を導出する手法ですので、①成約事例が一定数入手できること・②補正が行えることが必須になります。
話の都合上、②⇒①と順番を変えて解説させていただきます。
補正が行えること
取引事例について適正な補正を行おうとした場合、以下の3つの条件が出てきます。
- そもそも同種の事例であること
- 物件の性格が似ている事例である事
- 比較項目が少ないこと
1.については、当たり前と言えば当たり前ですが、『更地の価格』を『借地権の取引事例』から出すのは無理が有ります。
2.も当たり前と言えば当たり前ですが、大阪の不動産の価格を三重県の取引事例から導き出すのは無理が有りますし、『3,000㎡のマンション素地』の価格を『80㎡の戸建住宅素地の事例』から導き出すのは無理が有ります。
※物件規模によって需要者も変わるので、規模の観点も結構重要です。
3.ここは意外に語られないのですが、例えば更地については、駅距離等の『位置的な要因』と、規模・接道等の『画地条件』の比較で事足りますが、オフィスビルなどになると、
- 位置的な条件
- 土地についての画地条件
- 建物の大きさやグレード
- 建物の築年数や維持管理の状態
- テナントの入居状態や今取れている賃料
などなどを比較しなければいけませんので、『Aビルの取引価格』を補正して、『対象不動産であるBビルの見込み価格を出す』ことは至難の業です。
そんなことも有って、比較可能性という観点から、取引事例比較法が適用されるのは、
- そもそも比較項目の少ない土地(更地)
- 本当は比較項目は多いけれど、みんなが注意して見る部分が立地と専有部分の状態に集中する分譲マンションの一室
にほぼほぼ限定されます。
成約事例が一定数入手出来ること
これも考えてみれば当然ですが、取引事例から価格を求めるものですので、取引事例が無ければ話になりません。
ですので、そもそも取引の少ない農地・林地や過疎地などでは、取引事例比較法の適用が難しい場合が多いです(その他の手法が無いので、やらざるを得ないのですが…)。
また、意外に思えるかもしれませんが、高度商業地というのもあまり取引が無いので、取引事例比較法の適用が難しくなります。
取引事例比較法の得手・不得手
以上より、事例がふんだんに入手出来て、比較・補正も簡単な、取引の多い住宅地域内の更地などに関しては、かなり高い精度で比準価格が求まることになります。
分譲マンションの一室に関しては、取引の多い大規模マンションならやりやすいですね。
逆に、商業地などでは事例から出てくる価格のばらつきが多くなってしまいますし、農地・山林などに至っては、正直鑑定士の方も出てきた価格に自信を持てないのが本当の所です。
という事で、正味の話をしますと、誰でも水準がつかめるような土地・マンションの一室は取引事例比較法が得意とするところですが、それ以外は結構苦手だったりするので、実は過信は禁物な価格だったりします。
取引事例比較法を見る際のポイント
自分の側の鑑定士に説明を受けたり、相手方の鑑定書を見たりする際のポイントを如何にまとめておきます。
①あまりにも似てない事例ばかり使われていないか?
まずはこの点です。
自分の側の鑑定士がそういうのばっかり使っていたら、理由を聞いておいた方が良いです。相手から突っ込まれるかもしれませんので。
逆に相手側の鑑定書がそうなら、自分の側の鑑定士に意見を聞いてみましょう。良い攻撃方法を考えてくれるかもしれません。
②更地の事例が使われているか?
鑑定士が取引事例比較法を適用する時には、ついつい近隣の地価公示・地価調査の価格が気になります。
これは、鑑定評価基準で、「土地の価格を出すときは、近くの地価公示・地価調査との均衡を確認しなさいと」言っているからです。
そして、『大人の事情』もあるので深くは説明しませんが、更地の事例ではなく、建付地の事例を使う方が地価公示・地価調査の水準と合いやすくなるという事実が有ります。
しかし、過去記事(「相続財申告時の価格」と「実勢価格」はこんな理由で乖離する)でも書きました通り、地価公示・地価調査価格は実勢と乖離している場合も有ります。
ですので、
- 自分側の鑑定士が、そういう事例選択をしていたら、「実勢と合ってます?」と確認しておく方が安全ですし、
- 相手方鑑定書が、そういう事例選択をしていたら、「これどうでしょう?」と自分の側の鑑定士に確認してみると、楽しいネタを提供してくれるかもしれません。
③事例から導かれた価格の開差と、公的価格との均衡性
②の裏返しの部分も有るのですが、鑑定業界では伝統的に、「各事例から求められた価格の開差は10%以内・比準価格と規準価格(乱暴に言うと地価公示・地価調査から比準した価格)との開差も10%以内が美しい」なんて言われてきました。
ただ、
- 事例の少なそうな案件(特に高度商業地とか)で、10%以内に収まっているなんて、かえって恣意的な配点をしてる可能性がありますし、
- めっちゃ都会(大阪なら市内中心六区)や、かなりの田舎の場合、規準価格と10%以内というのは、逆に実勢と乖離している可能性が有ります。
こういう予見を持ったうえで鑑定書を読んでみて、気持ちが悪い場合は自分側の鑑定士に確認しておく方が良いでしょう。
時に、事例間格差・公的価格との均衡性に過度に忖度して非常識な配点を行う鑑定士もいまして、これは攻撃の対象になり得ますので。
この記事のまとめ
この記事では、各試算価格には得手・不得手が有るという大前提を示すとともに、取引事例比較法の発想と弁護士の先生に知っておいて頂きたい勘所をまとめました。
鑑定書では、大抵更地価格を出しますので、ほぼすべての鑑定書に取引事例比較法は入ってきます。
ただ、良い事例を集めるのはなかなか難しいので、鑑定士も苦労している所でも有ります。
それだけに、自分の鑑定士が無理・苦労している所は押さえておいた方が戦いやすいですし、相手の鑑定士が無茶をしている部分は突っつきやすいです。
その意味で、なんとなく・ふんわりとでも記事の内容をご理解いただけると、役に立つ場面も出てくるのではないかと思います。
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