継続賃料における試算価格(試算賃料)の調整

一般的な試算価格の調整論については、過去に『試算価格の調整という謎の行為を解明』で解説させていただいたのですが、今回はこれの継続賃料版となります。

ただ、一般的な試算価格調整論と大きな隔たりがあり、また鑑定業界内でも議論の分かれるところであり、論理的な調整も難しいものとなります。

弁護士の先生には、このあたりの背景も知っておいていただいて損は無いと思いますので、まずは上記の『難しい理由』を解説させていただいたうえで、私見を述べたいと思います。

継続賃料の試算価格(賃料)の調整が難しい理由

継続賃料の試算価格(正確には試算賃料)の調整がややこしい理由は、主として①登場人物がややこしい・②評価手法が緩い・③現実と法律上の建付けの乖離、の3点が挙げられます。

①登場人物がややこしい

一般的な価格評価における試算価格の調整というのは、ざっくりというと、その物件に対して「想定される需要者」の目線に沿った試算価格を中心として、足りないところを他の手法で補う行為です。

「想定される需要者」というのは、一般的な価格評価は「不特定の第三者売買」を前提とすることから出てくるものですが、これがあることによって特殊な人物・具体の人物の個性が排除され、通常の常識人を考えればよくなります。

また、「不特定の第三者売買」を前提とする以上、価格決定は基本的に「買い手主導」になるので、需要者の方だけを見ていても、大きく外すことは有りません。

これに対し、継続賃料の場合は、具体の賃貸人・賃借人という2人の登場人物がいて、お互いに反目しあっています。さらに各々が癖のある人だったりもします。

ですので、一般的な試算価格の調整が、「わかりやすい視点から、さらっと理屈を通す」作業なのに対して、「具体の双方当事者の立場に立った利害調整」の観点が必要になります。

この点、極端な意見ではありますが、「利害調整なんて、裁判官しかできないものだから、継続賃料は鑑定評価の範疇の外にあるものだ」という意見があったりもします。

②評価手法が緩い

継続賃料の評価手法としては、差額配分法・利回り法・スライド法・賃貸事例比較法があるわけですが、正直どれも決定打にかける部分があります。

差額配分法は、「高すぎる/安すぎる賃料は、新規賃料に収束していく」という価値観の元においては理屈のある賃料なのですが、私的自治を重視する平成15年以降の最高裁判例の枠組み・平成26年改正以降の鑑定評価基準の元では、理論的な根拠を失ってしまいました。

利回り法は、構造上、私的自治重視の枠組みに沿った賃料が求められますが、賃料は価格ほどビビットに動かないことが明確に観測されている中で、この部分を理論的に補正する方法が見いだせていない状況です。

スライド法も、構造上、私的自治重視の枠組みに沿った賃料が求められるのですが、その賃料にきっちり連動しているスライド指数があるのか?という部分は実に頭が痛いです(特に地代評価の際は、泣きたくなってきます)。

賃貸事例比較法は、鑑定書に採用できるレベルの規範性のある「継続賃料の賃貸事例」は現実的に入手できないので、現実的に適用不可能です。

このような状況ですので、調整の前提となる試算価格の導出の部分で、一般的な価格評価において100の力で試算価格の導出ができるとすると、継続賃料評価においては200・300の力をかけて当該評価の特性を試算賃料に織り込んで行く必要が生じます。

また、そのような努力を経ても、試算賃料には不完全な部分が残ってしまいますので、これを最終1つに落とし込む調整は、非常に困難なものになります。

③現実と法律上の建付けの乖離

弊社HPの色々なところで書いていますが、民民の賃料交渉では支払賃料ベースの差額配分法(折半法)の発想で継続賃料が決まってしまう現実があります。

これに対して、訴訟になると、平成15年以降の最高裁判例の枠組みは崩しがたいですから、判決は必然的に私的自治重視のものになります。

このように、場面によって異なる建付けで動いている継続賃料について、適正に折り合いをつけて、適正な鑑定評価額を導き出すには、やはり当該分野に対する一定以上の知識・経験・探求が必要となるでしょう。

現実には、H26年鑑定評価基準の改正すら十分に理解せず、何の気なしに差額配分法(1/2)で鑑定評価額を決定するお気楽な鑑定士も結構いるのが実情ですが…

継続賃料における試算価格(賃料)の調整に対する私見

以上を踏まえた、継続賃料における試算価格(賃料)の調整に対する私見を述べさせていただきます。

鑑定書を出す場面について、訴訟を前提としますと、やはり現下の判例・鑑定評価基準が共通認識としている私的自治重視の発想は大前提とせざるを得ません。

ですので、利回り法・スライド法を出来る限り追い込んでいって、より私的自治重視の発想を具現化で来た賃料を「中心となる賃料」として仮置きします。

これに対し、民民の賃料交渉における重視される差額配分法がどこに位置するのかを見ながら、最終的な鑑定評価額を決定します。

例えば、賃料増額の争いの中で事情変更がプラスに働いている状況で、差額配分が突出する場合(直近合意賃料が相場に比べて安かった場合)について、上記の「中心となる賃料」を差額配分が上に出ているからと引き上げるのは、「気持ち悪いな…」と思います。

逆に、同様の争い・状況の中で、前記「中心とする賃料」よりも差額配分法による賃料が低く出ている場合は、「民民交渉ではそれほど上がらず、当事者もそこまで上がることは思っていないのが普通」なのでしょうから、差額配分法を一定見てあげることで穏当な結論に導くことも有りだと思います。

上記は「諸般の事情」がないものとした場合ですし、個々の案件の特殊性によって変わってくる部分はあります。ただ、こういう考え方もあると思っていただければ、今後の訴訟で鑑定士と作戦会議を行う際等にも、より深い話が出来るようになるのではないかと思います。

尚、継続賃料の試算価格の調整論については、論文を書いておりましてプログレス社発行のEvaluationNo.75に掲載されることが決定しています。発売日未定ですが、決定しましたらここでお知らせいたします。

この記事のまとめ

この記事では、一般の鑑定評価の試算価格の調整と比べて、継続賃料の試算価格(賃料)の調整が難しい理由を、

  1. 登場人物がややこしい
  2. 評価手法が緩い
  3. 現実と法律上の建付けの乖離

の3点から解説させていただきました。

そのうえで、私が行っている継続賃料における試算価格(賃料)調整のスタンスを書かせていただきました。

試算価格の調整は、鑑定評価の山場ですので、この記事を読んでいただけることで、継続賃料評価の全体構造もより分かりやすくなるのではないか?と思います。

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