新規賃料を求める積算法はなかなに難しい

積算法は、新規賃料を求める方法の一つで、賃料(新規だけでなく継続も含む)の鑑定書の中では大抵出てくる手法です。

しかし、適用する鑑定士の立場からは、なかなかに難しい部分がある手法でして…このあたりも知っておいていただけると、訴訟等で重点を置くべきポイントが見えるかと思いますので、今回はこのあたりについてまとめてみたいと思います。

積算法のイメージ

積算法は、『基礎価格 × 期待利回り + 必要諸経費等』という数式で求められます。

  • 基礎価格は、ばっくりと『元本価格』だと思ってください。
  • 期待利回りは、『オーナーさんがその不動産から上げていきたい純益』を示す利回りです。
  • 必要諸経費等は、その字の通りですね。

上記の各要素の定義を見ていただけると分かると思うのですが、この算式で導かれる賃料は、理屈上、『絶対にオーナーさんが損をしない賃料』になります。

このような意味合いで、積算法による賃料(積算賃料)は、オーナー目線の賃料と言われたりします。

積算法が難しい理由

上記を読むと(あるいは、不動産鑑定書内の記述を読むと)、ちゃんと理屈が通って、ちゃんとした価格が出てきそうな積算法ですが、鑑定士がこれを適用して『適正な価格』を導き出すのは難しいです。理由は以下の通りです。

*賃料は家賃の場合・地代の場合がありますが、双方平行すると話がややこしくなるので、家賃をベースとして話を進めていきます。

基礎価格が実態に合わないことがある

元本価格たる基礎価格は、理論上、賃料から元本価格を求める収益還元法が使えないため、原価法による積算価格をベースに決定するのが基本になります。

しかし、その不動産(家賃なので土地・建物)の価格を求める局面を考えると、上記のような制約は無いため、積算価格のほか収益価格も適用して価格決定を行います。

この中で、当該不動産の価格が積算価格と近いものであれば良いのですが、収益価格で決まり、かつ、積算価格と収益価格に乖離があるような物件である場合、現実の不動産価格と基礎価格に乖離が生じてしまいます。

期待利回りを把握しがたい

前記のとおり期待利回りは、オーナーが獲得したい純益の率になるのですが、属人的な要素も大きいですし、正直直接観測しがたいものです。

理論的には、収益還元法の還元利回りと裏返しにはなりますが、上記の基礎価格が元本価格と乖離する場合も多いこともあって、当該物件に想定しうる還元利回りを適用しても的外れな結果が生じることも多いです。

特に『少しローカルな駅に近接する、築年の古い物件』の場合、収益価格>>積算価格になる(=基礎価格が実勢価格より低位に求められる)傾向が有ることから、還元利回りの水準から考えると考えられないような高い利回りを使用しないと適正な水準にならないことが多いです。

古い物件ほど必要諸経費が増える、という矛盾

必要諸経費の中には、公租公課のように建物が古くなると費用も落ちるものも有りますが、修繕費・資本的支出のように物件が古くなるほど多くかかるようになるものも有ります。

この中で、総じて建物が古くなればなるほど必要諸経費(総額)は上昇していくのですが、それをそのまま家賃に転嫁してよいのか?という話も出てきます。

そもそも積算賃料(=大家さんの希望賃料)で決まるのか?という現実

このように、正直どのファクターもあてにならない積算賃料ですが、たまたま各々のファクターはそれなりの精度で求められたとしても、現実の市場の中で、その賃料で決まるのか?という話も出てきます。

日本の不動産市場において、賃貸物件の情報は、売買物件と比較にならないほど大量に流れていますので、テナント側が賃料水準を把握することは比較的簡単です。

この中で、いくら積算賃料が高く出ても、市場における賃料水準がそれよりも低ければ、高い積算賃料で決まることは有りません。

結局、積算賃料って意味はあるの?

今の日本の賃貸市場(特に一般的な物件の家賃)に関しては、『市場優位』で賃料が形成されますので、不動産鑑定士からすると、

  • 積算賃料は、やらないといけないのでやっている
  • 理論的に正しくても、変な数字が出たら意味がないので、比準賃料に合わしにかかっている

というのが現実だったりします(…ですので、先生方も、積算賃料のパートをあんまり一生懸命読んでも、正直あまり甲斐のない部分があったりします)。

但し、逆に言うと、賃貸市場が成熟していない物件においては、積算賃料の有用性は増してきます。

古い話ではありますが、圧倒的貸し手優位であった高度経済成長期(建物が建つ前にテナントが決まっているのが当たり前だったそうです)は、オーナー主張価格である積算賃料で賃料決定がなされていたようですし(←こちらは伝聞です)、定期借地制度が創設された当初の定期借地地代も、積算賃料目線で賃料決定がされていました(←こちらはリアルに体験しています)。

ですので、特殊性の高い物件に関しては、今でも積算賃料は有効な指標になりうると言えます。

この記事のまとめ

この記事では、原稿用紙で5枚程度を使用して、『積算賃料って、正直あんまり意味がないんだよね~』ということをお伝えしました。

鑑定評価書というのは不自由な部分があって、あんまり意味がなくても書かないといけない箇所があります。そして困ったことに、積算法は、より重要な賃貸事例比較法よりも手法の特性上記述量が多くなってしまいます。

『重要なものは記述量は多く、いらないものは記述量も少なく』というのが一般常識ですが、新規賃料の査定の中の『積算法・賃貸事例比較法の記述バランス』は、普通に書くと『重要度と完全に反比例』してしまうのです。

そんなこんなで、賃料の鑑定書を読んでいただく際に、積算法の記述を読んで、一所懸命書いているので「ここ重要!」って思わないで頂ければと…。

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